
平成29年(ワ)第24598号 「セルロース粉末」事件
事件番号 | 平成29年(ワ)第24598号 |
裁判所 | 東京地裁 第46部 |
判決言渡 | 2020年3月26日 |
事件種別 | 侵害訴訟 |
結論 | 請求棄却(特許権者敗訴) |
特許番号 | 特許第5110757号 |
発明の名称 | セルロース粉末 |
主な論点 | サポート要件 |
本件の侵害訴訟は、特許権者である原告が旭化成株式会社であり、被告は日本製紙株式会社という大企業同士の訴訟となっています。
この訴訟では、争点1~3で構成要件充足性が争われており、争点4において特許の有効性が争われ、争点4-1で実施可能要件、争点4-2でサポート要件、争点4-3で明確性、争点4-4で新規性及び進歩性が争われています。
特許侵害訴訟では、通常、その特許の実施可能要件違反が認められると、他の争点について判断されることなく特許権者の請求が棄却されますが、この訴訟では、争点1~3で被告製品1が技術的範囲に属していると判断し、争点4-1でその特許の実施可能要件を肯定し、争点4-3でその特許の明確性を肯定し、争点4-4でその特許発明の新規性及び進歩性を肯定しながら、争点4-2において、その特許がサポート要件違反であるとして、特許権者の請求が棄却されています。
本事件では、数値限定発明について争いになりやすい点が網羅されており、しっかりと裁判所が判断を下しているので、数値限定発明についての裁判所の考えを理解するのに役立ちます。
また、本事件の対象特許については日本製紙が無効審判を請求していたところ、特許庁は2019年10月に特許の維持審決をしています。したがって、特許庁と裁判所とが同一の特許に対して異なる判断をしている点でも注目です。今回の事例を詳細に検討すると、この判断の相違は、審判の職権主義と、民事裁判の当事者主義との違いが原因となっているようでした。なお、無効審判の特許維持審決については、日本製紙が審決取消訴訟を提起しています。今回の侵害訴訟の地裁判決に対しても旭化成が控訴する可能性が高いと考えます。
サポート要件に関して、特許権者は、「原料パルプから本件セルロース粉末という加水分解過程を経ても原料パルプのレベルオフ重合度は変化しない。したがって原料パルプのレベルオフ重合度しか実施例に記載されていないとしても本件セルロース粉末のレベルオフ重合度は理解できる」等と主張したのに対して、被告は、「本件特許明細書でレベルオフ重合度の説明のために現に引用されている論文が、原料パルプを加水分解するとレベルオフ重合度が低下すると記載しており、その技術常識に照らすと、実施例に記載の本件セルロース粉末のレベルオフ重合度の値を当業者は認識できない」等と主張していました。
特許権者は、実験成績証明書を提出して、実施例に記載の加水分解条件では原料パルプから本件セルロース粉末への加水分解過程で、レベルオフ重合度は変わらないことを主張したようですが、裁判所はその主張を受け入れませんでした。被告側の主張が文献に裏付けられていた以上、特許権者としては、上記の主張をするのであれば、「原料パルプから本件セルロース粉末への加水分解過程で、レベルオフ重合度は変わらない」ことを当業者が理解できるという点を、本件特許の優先日前の文献等で証拠として示す必要があったということだと思います。このような争点が多い訴訟では、すべての争点について完璧に対応することは困難だと思いますし、特許権者としても、このサポート要件違反で敗訴になるのは予想外だったのかもしれません。
特許権者が上記のような文献を見つけられないのであれば、特許権者としては、知財高裁の控訴審では、主張を変更するのが妥当ではないかと考えます。例えば、私であれば、「原料パルプから本件セルロース粉末という加水分解過程を経ても原料パルプのレベルオフ重合度は変化しない。」という主位的主張をするとともに、「加水分解過程を経て原料パルプのレベルオフ重合度が変化したとしても特許請求の範囲に記載した範囲内であることが理解できる」等の予備的主張を行うことを検討します。特にサポート要件においては、立証責任が特許権者にあるとされているので、被告がしっかりと証拠を出してきた場合には注意が必要です。